風に立つライオン

おはようございます☀

居酒屋しろうです🏮

本日は、臨時貸切営業となりました♪

天候の影響もあり、本来予定していた僕のプライベートも中止して、ちょうど良い日になりそうです😊

昨日は、ちょいと横やりが入り、

ブログのネタがすぽーんと頭から飛んで行き、

ようやく思い出したのが22時くらい。

それから何度も口にする。

「風に立つライオン…風に立つライオン…。」

そうそう、話がちょっとさかのぼったりしますが、

僕のブログを読んでる方から

「なんでそれだけ書ける時間があるの?」

「あれだけの文章書くのって、相当大変じゃないですか?」

「いつも納得しながら読んでます。」

「いつから意識してたんですか?」

などの連絡が来ました。

最後の「いつから…」ってのは、桜の話の時です。

14歳から…と記載したのですが、この時のことについて書こうと、昨日思ってたんです🙇‍♂️

僕が物心ついた時はまだ

iPhoneやらCDなどがなく、カセットテープの時代でした。

親父がラジオから録音したカセットテープを、

親父が運転する車に乗ると流していました♪

「昭和歌謡曲」って感じの曲が

歌手ごとに録音されてました。

その頃の曲って、

なんとも言い難い表現力のある歌詞で歌が作られていて

曲調も「ザ・昭和!」て感じのメロディで。

当然、歌謡曲になんの抵抗もないように育ったんですよね。

中学2年生の時、たまたまテレビに

さだまさしさんが出ていたんです。

故郷の長崎でのライブが放送されてました。

なんとなく、ここで、さだまさしさんの歌が

ふっと心に入って来たんです。

「風に立つライオン」

とある医師が、結婚を申し込んだ相手が居たのに、

海外に出て、医師としての活動を選択した時の話が歌となっていました。

なんか、本当にやるとか、本気でやるって

こういうことなんだろうな

って、漠然と感じたんです。

「僕は今を生きることに思い上がりたくないのです。」

って、ところが当時の自分には、1番心に染みました。

その頃から、「生きるって何か?」が、僕のテーマでした。

そこから、「桜」を意識したのは高校生くらいだったかなぁ。

まぁ、今に至るわけですが、

この「風に立つライオン」凄いんですよ!

皆さんには、一度改めて曲を聴いてもらい、

検索もしてもらいたいくらい。

劣悪な環境での医師活動って、生半可なものじゃないくらいは分かると思いますが、

あなたや家族を捨てた訳ではなく、僕は今を生きることに思い上がりたくないのです。

辛くないと言えば嘘になるけど幸せです。

そう言えるって、素敵なことだと思うんです。

それを、ずっと僕は大切にして来たつもりだったんですけど、

この話、さらに感動的な話があるんです。

この曲のモデルの医師、柴田紘一郎先生が行ったのは

戦地だったんです。

その戦地で、幼いのに家族を殺害され

狙撃兵になった少年がいた。

少年は、固く心を閉ざし孤独な目をしていた。

ある日、少年は先生にこう言った。

「僕は9人の命を奪った。こんな僕でも、人の命を救えますか?」

柴田先生はこう応えたそうです。

「9人の命を失ったのなら、10人の命を救なわなければならない。未来はそのためにある。」

時は変わり、東日本大震災があった。

ボランティアに来た

ミケランジェロ コウイチロウ ンドゥング医師。

「大丈夫、大丈夫…」と何度も声をかける。

この「大丈夫、大丈夫…」というのは、

柴田先生が、現地に行って辛い時、患者を励ましながら、本当は自分に言い聞かせていた言葉。

柴田先生が救った少年が医師となり、日本を救いに来たんです。

東日本大震災では、幼い子供が家族を失い、ショックのあまり、声が出せない子供が居ました。

コウイチロウ先生が、その子供を抱きしめると

「先生、僕は医者になれますか?」

声を出せなかった子供が、突然声を上げたそうです。

「君は家族を4人失ってしまったのだから、5人の命は救わないといけない。」

こうやって、バトンが繋がれていく。

これらを感じたのが、僕の14歳の時でした。

(続く)

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